今回、私自身が立ち上げた団体「Cinema Dialogue Lab.(シネマ ダイアログ ラボ)」として、映画を観て語り合う対話型イベントを福井で開催します。
映画を一本観て終わり、ではなく、その後に感じたことや引っかかったことを、言葉にして誰かと共有する時間までを含めたイベントです。この団体を立ち上げた理由は、とてもシンプルで、でも切実です。効率やスピードが当たり前になった今、私たちは「ゆっくり感じたことを話す場」をほとんど失ってしまいました。
特に映画やアートのように、正解のないものについて語る時間は、後回しにされがちです。でも本当は、そういう時間こそが、人と人をつなぎ、自分自身を支えてくれるものだと、信じています。シネマ ダイアログ ラボは「こんなふうに感じてもいい」「それを言葉にしてもいい」と思える対話の場を、まずはこの福井で育てていくための試みです。今回のイベントは、その最初の一歩になります。
福井に移住してきてから、何度も言われました。「どうして福井に?」と。
そのたびに、理由を一つにまとめるのが難しいと感じます。仕事の縁もありましたし、タイミングもありました。でも正直に言うと、決め手は「ここなら、ちゃんと人と向き合えるかもしれない」と思えたことでした。私は現在、福井県庁の魅力創造課に関わる形で、フィルムコミッション業務の一部を担う地域おこし協力隊として活動しています。行政という立場と、移住者という立場、その両方を行き来しながら、福井という場所を内側と外側の両面から見ている感覚が常にあります。
福井の人たちは、やさしいです。そのやさしさは、とても静かです。
東京にいた頃は、良くも悪くも、意見や感情が言葉として外に出やすい環境でした。福井では、言葉になる前の「間」や「空気」が、とても大切にされているように感じます。でも、その分、「本当は何を感じているのか」「どう思っているのか」が、共有される機会は決して多くないとも思いました。遠慮や配慮があるからこそ、言葉にされないまま流れていく感情が、あちこちに残っているような気がしています。
移住者である私は、その空気に何度も戸惑いました。「自分の感じ方を出しすぎていないか」「踏み込みすぎていないか」でも同時に、「感じたことを、もう少し話してもいい場所があれば」と思うようにもなりました。
そんな中で、私が自然と考えるようになったのが、「映画を観たあとに語る時間」でした。映画は、誰かの人生をそのまま映しているわけではありません。でも、不思議なことに、自分自身の感情や記憶を呼び起こします。しかも、それを直接語らなくてもいい。映画というワンクッションがあるからこそ、本音に近づけることがあると思っています。
この映画対話イベントは、移住者としての私自身の実感から生まれました。福井の人も、外から来た人も、立場や肩書きを一度横に置いて、同じ作品を観て、感じたことを持ち寄る。正解を探すのではなく「そう感じたんだね」と受け取る時間です。発言は強制ではありません。話さなくても大丈夫です。誰かの言葉を聞いているだけで、「自分も似たことを感じていたかもしれない」と気づくことがあります。その小さな共鳴が、人と人の距離を少しずつ縮めていくと信じています。
福井は、派手ではありません。でも、丁寧に向き合うと、とても奥行きのある場所です。人も、文化も、感情も、ゆっくり掘り下げていくことで、その良さが見えてきます。映画と対話は、そのための良い入口だと思っています。
移住者として、まだ分からないことも多いです。それでも、ここで暮らし、働く一人として、福井で生まれる対話の場を大切に育てていきたいと思っています。このイベントが、その一つになれば嬉しいです。
—–
Cinema Dialogue Lab.(シネマ ダイアログ ラボ)は、映画鑑賞後の対話を通じて、個人の感情や価値観を言葉にし、他者と共有する場を創出する文化活動団体です。映画は、観る人の年齢や経験、文化的背景によって異なる解釈や感情を引き出します。その違いを尊重し合う対話を通じて、自身の価値観を相対化し、多様性への理解や創造的な思考を育むことができます。福井を拠点に、公共施設や教育機関などで上映・対話イベントを実施しながら、県内外・海外のコミュニティとも連携。映像と対話を通じて、人と人、地域と地域をつなぐ循環型の文化プラットフォームの構築を目指しています。
