福井に来て、今のフィルムコミッションという仕事に就いてから思っていたことがあります。それは、映画を地域の未来に関係させること。単なる娯楽であっても、それはただの時間つぶしでなくて、自分の言葉を取り戻したり、他者を理解するためだったり、眠った感情をそっと引き出してくれたり、人間的な営みにとても必要なことを喚起させるキッカケとして、映画は素晴らしいものだと思っています。
今回、私が立ち上げた「Cinema Dialogue Lab.(シネマ ダイアログ ラボ)」として初めて開催した、映画鑑賞と対話のイベントもまさにそんな時間になりました。会場はあわい読書室、静かさと温度のバランスがとても心地よく、人が「話したくなる」場所としていい空気を持った空間です。参加者は10名ほど。多すぎず少なすぎず、誰の声も雑音に埋もれず、でも一人だけが支配することもない、ちょうどいい人数でした。
ジャンルもテーマも異なる2本の作品を上映し、それぞれについて45分ずつ対話をしました。映画が終わった直後の空気というのは独特で、言葉がすぐに出てくる人もいれば、しばらく沈黙を選ぶ人もいます。でも不思議なもので、誰かがゆっくりと自分の感覚を言葉にしてくれると、その空気が一気にほどけていく瞬間がありました。今回もまさにそう。
アートに理解のある大人が多かったこともあって、一言に温度がありました。ただ「面白かった」「感動した」で終わらず「なぜその感情になったのか」「いまの自分の生活や立場とどう結びつくのか」まで自然に踏み込んでいく対話が、静かに、でもしっかりと積み上がっていきました。
私は今回、初めて本格的にファシリテーターとして前に立ったのですが、正直なところ簡単ではありませんでした。言葉を引き出しすぎてもいけないし、放っておきすぎてもいけない。寄り添うけれど、誘導はしない。参加者一人ひとりのペースと、その場全体の流れの両方を感じながら、ほんの少し背中を押す役割を担うことの難しさと面白さを同時に味わいました。
でも、終わったあとに「今日ここに来てよかったです」と笑顔で言っていただけたり、「意外とたくさん話しちゃいました」と言われたりして、緊張していた気持ちが軽くなりました。そんな手応えと同時に「もっと良くできる」という気持ちにもなりましたね。
今回の時間には大きな意味があったと思っています。映画は撮って終わりではありません。撮られる場所にも、観る人にも、そのあと語る人にも関係があります。撮影誘致や制作支援だけではなく、「映画と地域の関係を育てていくこと」こそ、これからの福井の映像文化に必要なことなのではないか、と改めて感じました。今回参加してくださった方々の姿を見ながら、福井にはちゃんと「語れる大人」がいるし、それを受け止めるやさしい土地柄があると確信しました。
これからも、ただ映画を観るだけではなく、その先にある「誰かと共有する時間」「一緒に考える喜び」「自分の言葉を取り戻す感覚」を大切にした場を育てていきたいと思っています。シネマ ダイアログ ラボ としての第一歩を、この福井で踏み出せたことを、本当に嬉しく思います。
参加してくださった皆さん、関わってくださった皆さん、そして静かなエネルギーで場所を支えてくれたあわい読書室に、心から感謝します。ここから少しずつ、福井で「語り合う文化」を広げていきたいです。
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Cinema Dialogue Lab.(シネマ ダイアログ ラボ)は、映画鑑賞後の対話を通じて、個人の感情や価値観を言葉にし、他者と共有する場を創出する文化活動団体です。映画は、観る人の年齢や経験、文化的背景によって異なる解釈や感情を引き出します。その違いを尊重し合う対話を通じて、自身の価値観を相対化し、多様性への理解や創造的な思考を育むことができます。福井を拠点に、公共施設や教育機関などで上映・対話イベントを実施しながら、県内外・海外のコミュニティとも連携。映像と対話を通じて、人と人、地域と地域をつなぐ循環型の文化プラットフォームの構築を目指しています。



